もうすこしで天竺

ある崖っぷち人間の読書備忘録。

窪美澄『晴天の迷いクジラ』

思っていたよりずっと面白かった。野乃花という登場人物がすごく好き。

主人公は三人。デザイン系のブラック企業に勤務する由人、そこを経営する野乃花、それに高校生の正子。由人は会社が倒産の危機に瀕し自殺を図った野乃花を救い、二人は死までの猶予として旅に出ることになる。そこで同じく自殺に近い状態で家を出た正子と出会う。

 

一人一人の人生が、その隠れていたプロセスが次々に明らかにされていく。それが物語の進行の仕方。由人のろくでもない生活とその背後にある失恋、「アロハを着た男みたいな」見かけの女社長・野乃花と彼女の過去(美術の「天才少女」だったが、美術教師に孕まされて画家の夢を諦めていた)、道で出会った少女の事情(友人を病気で亡くしていた)。

そしてこのプロセスは、旅の果てで出会ったおばあさんがよく体現している。

おばあさんはソーダアイスを手にしたまま、目の前の田んぼを見つめていた。正子は黙ったままその横顔を見た。皺の奥にある眼球が濡れたように光っている。おばあちゃんが体験した戦争と、あの二つのビルが崩れ落ちていく出来事が、正子のなかではうまくつながらなかった。けれど、おばあさんのなかでは、 それはひとつの線でつながっているのだと、正子は思った。

この小説がしようとしているのは、まさにこの「ひとつの線」を読者に想像させることだ。

私たち読者が見るのは、アロハを着た男みたいなヘビースモーカーのおばちゃんだが、この人の過去には、美術の天才美少女であり、知らない世界を見せてくれる美術教師に憧れた過去がある。たとえ今はその教師の写真を見て人知れず中指を立てるような状況でも、かつては全く正反対の人生があった。おばあちゃんが太平洋戦争と同時多発テロという歴史的な線を認識するのと同様の想像力で、登場人物の歴史を一本の線で結ぶよう、この小説は促す。

由人の持つストラップ(アイラブユーと鳴く)とか、天才少女の描いた鳥の絵とか、友人のiPodとか、そういうものはすべて、過去と現在とを結ぶ線を引くための補助点だ。

 

で、クジラは逆に、他人の過去や連続性なんてものは結局わからないんだよと教えてくれる存在。

「大変ですねぇ」と言いながら、疲れ果てて迷い込んだ場所で、迷惑、と言われたクジラの気持ちを由人は想像してみる。知るかっ。クジラの気持ちなんか。とさっきの野乃花の言葉が再生される。そうだよな。クジラの気持ちなんかわかるわけない。あんなに近くに、あんなに長い時間いっしょにいたミカの気持ちが「わからなかった」自分だもの。

だが結末、由人は正子とともにこのクジラへと突っ込む。「わからなさ」の只中へ。デザイナーの命である右腕を折られる。正子はクジラ学者になることを決意する。

この結末をどう理解したらいいんだろう。正子は、わからない線をより理解しようとする道を選んだということだろう。そういうことでいいのかな。なんのしがらみもない他人との関係こそ、望むべき関係ということだろうか。金持ちの彼女や資産家の夫やルールの厳しい家ではなく。

 

この話、先日感想を書いたマルクスの話にそっくり。この小説を読んだ方が先だが、タイムリーだった。マルクスの主張する人間一般と同様に、この物語の主人公たちは、いずれも自分の人生を生きることができていない。ブラック企業に人生を消費させられる由人、画家の道を捨てて現実的な道を選んだ野乃花、友人と音楽を楽しむ道を家庭と運命によって奪われた正子。野乃花が画家の道を捨てて、一時嫁として他人の家に奉仕させられる道に進んだことが、一番の例か。ただし、彼女の人生を奪う夫でさえ、自分自身の人生を生きることができずにいる(画家の道を捨て、親を継いで政治家になる)。

マルクスは、こうした状況を解決するためには、真の人間的な感情・情熱によって生み出された生産物を自分のものにするしかないという。この物語にそれを当てはめると、果たしてどうなるだろう。野乃花が天才画家として生き直すこと? 由人が野乃花という信頼する社長のもとで、自ら進んで会社に協力すること? どこか違う気がする。

少なくとも、今の「よくある話」を、この小説はとてもリアルに描いている。由人の家庭なんて、「よく聞く不幸な話」をこれでもかと詰め込んである。誰もが、自分の人生を生きることができないという不幸を抱えている。

 

おそらく多くの読者は、結婚とか恋愛の問題としてこの本を読むのだろう。それは正解だと思う。なぜなら、結婚や恋愛は自分を相手のものとしなければいけない行為だから。相手を自分のものとしなければいけない行為だから。しかしこの小説を通してその問題を考えたいのなら、相手のたどってきた歴史を完全に理解することは難しいというもう一つの文脈も見なくてはいけない。

あの上で、愛せば愛されるという関係を築けるか。何かを媒介とせずとも、打てば鳴る鐘のような関係を築けるか。

物語が「たぶん」という言葉で締めくくられているように、簡単な問題ではない。

 

晴天の迷いクジラ (新潮文庫)

晴天の迷いクジラ (新潮文庫)